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神戸地方裁判所 平成5年(ワ)548号 判決 1994年10月27日

原告

酒井陸運株式会社

被告

川端節子

主文

一  被告は、原告に対し、金六一万二六七六円及び内金五四万二六七六円に対しては平成三年六月一二日から、内金七万円に対しては平成六年一〇月二八日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一ずつを原告及び被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金一一九万一四六〇円及び内金一〇九万一四六〇円に対しては平成三年六月一二日(本件事故発生日の翌日)から、内金一〇万円に対しては平成六年一〇月二八日(本判決言渡日の翌日)から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、運送を業とする株式会社であり、金子吉一(以下「金子」という)は、原告の従業員である。

2  金子は、平成三年六月一一日午後零時一〇分頃、原告所有の普通貨物自動車(以下「原告車」という)を運転し、兵庫県高砂市荒井町日之出町五の一所在の交差点(以下「本件交差点」という)内を南進しようとした際、折から西進してきた被告運転にかかる普通乗用自動車(以下「被告車」という)と側面衝突し、その結果、原告車の左側前方部が破損した。

3  原告は、原告車の修理費として金五三万〇四六〇円の損害を被つた。

二  争点

1  被告の過失の有無

2  原告の休車損害額の算定

3  過失相殺

第三当裁判所の判断

一  被告の過失の有無

1  原告は、本件事故の発生につき、被告には信号を無視して本件交差点内に進入した過失がある旨主張し、被告は、これを争つている。

2  そして、証人金子は、原告の右主張に沿つて、本件事故の発生につき、南北道路を南進して本件交差点に差しかかつたが、その北側手前約二〇〇メートルの地点で対面信号を確認した際には青色表示であり、さらに進行した同交差点北側手前約五、六メートルの地点でも青色表示であつたため、速度を時速約四〇キロメートルから約二五ないし三〇キロメートルに減速して同交差点内に進入したところ、被告車が信号を無視して突然左(東)方から突つ込んできた旨供述している。

これに対し、被告は、東西道路を西進中、本件交差点東方に所在する二、三の交差点をいずれも青色表示で通過した後、本件交差点東側手前約五〇メートルの地点で対面信号が青色表示であることを確認しており、仮にその直後に同信号が黄色表示に変わつたとしても、被告車の速度から考えて同車が同交差点内を通過する時点では対面信号はなお黄色表示であつたから、右時点における原告車の対面信号が赤色表示であつたことは明らかである旨供述している。

3  ところで、原告の本訴請求は民法七〇九条による不法行為に基づく損害賠償請求訴訟であるから、原告において被告の過失を具体的に主張、立証すべき責任のあることはいうまでもないところ、目撃者の証言等客観的な裏付け証拠の存在しない本件において、原告主張の被告の過失内容を肯認し得るとするためには、前記のように信号表示に関して相対立する金子及び被告の各供述を対比の上、金子の供述内容が被告の供述内容よりも信用し得るといえるかどうかが重要な決め手になるというべきである。

4  そこで、そうした見地から検討するに、本件事故の発生状況について、前記争いのない事実と証拠(甲四、一〇号証、検甲一ないし二四号証、乙一号証、検乙一ないし六号証、調査嘱託の結果、証人金子の証言、原告代表者及び被告の各供述)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実を認めることができる。

(一) 本件交差点は、幅員各約九メートルの東西道路及び南北道路(いずれも片側一車線)が交差する交差点であり、信号機による交通整理が行われており、同信号機の表示サイクルの内容(ただし、付近の隣接交差点の信号機とは全く連動関係にない。)は別紙のとおりである。

なお、同交差点付近では、制限速度は時速四〇キロメートルとされている。

(二) 本件交差点北東角には、訴外「高砂モータース」の敷地と歩道との境界付近にブロツク塀が設置されており、そのため、東西道路を西進する車両からは右(北)方、南北道路を南進する車両からは左(東)方の各見通しが不良となつている。

(三) 金子は、前記日時頃、仕事のため、原告車を運転し、時速約四〇キロメートルの速度で南北道路を南進し、本件交差点の手前では時速約二五ないし三〇キロメートルに減速の上、同交差点内を通過しようとした。

(四) 一方、被告は、病院に向かうため、被告車を運転し、時速約五〇キロメートルの速度で東西道路を西進し、本件交差点東方に所在する二つの交差点をいずれも青色表示に従つて通過したのち、本件交差点内を通過しようとしたところ、同交差点東詰横断歩道の東側手前付近で、右(北)方から進行してきた原告車を同交差点北詰横断歩道の南側の地点に発見したため、急ブレーキをかけたものの間に合わず、被告車前部が原告車左側前方部に側面衝突した。

5  以上の認定事実に基づいて、金子及び被告の前記各供述内容の信用性について検討する。

(一) まず、仮に、原告車の対面信号が本件交差点進入前から青色表示であつたとする金子の前記供述が採用し得るものであるとすれば、前記信号機の表示サイクルに基づくと、当然、被告車の対面信号は同交差点進入前から赤色表示であつたということになる。

しかるに、被告が、同交差点東側手前約五〇メートルの地点で対面信号が青色表示であることを確認しており、仮にその直後に同信号が黄色表示に変わつたとしても、同交差点内を通過する時点ではなお黄色表示であつた旨述べていることは前記のとおりである。

そして、証拠(乙一号証、調査嘱託の結果、証人金子の証言、原告代表者及び被告の各供述)と弁論の全趣旨によると、本件事故当時、西進する車両は少なく、被告は、本件交差点の約三八〇メートル東方に所在する交差点(以下「東側交差点」という)を青色表示で通過した後、先頭車両として西進していたこと、被告は、その後、右のとおり本件交差点の対面信号が青色表示であることを確認したものの、同交差点進入直前の時点では対面信号の表示を確認しなかつたこと、さらに、前記信号表示に関する被告の供述は本訴前から一貫しており、被告は、本件事故直後には金子に対し自己の対面信号が青色表示であつた旨を主張し、その後の原告側との交渉に際しては「普段であれば黄色で突き切ることができた。」などと話していたことが認められる。

右認定事実によると、被告の供述内容は、金子の供述内容と対比してみても、格別不自然なものとはいえず、本件交差点進入直前時点での信号不確認や黄色表示に変化した可能性など自己に不利益な事情をも自ら認めているのである。

また、証拠(証人金子の証言、被告の供述)と弁論の全趣旨によると、金子は、本件事故直後、被告から、被告車の対面信号が青色表示であり、一方、原告車の後続車は本件交差点北側停止線よりも北側の地点で停車しているではないかとの指摘を受けた際、これに対して反論しようとしなかつたことが認められる。

そうしたことからすると、本件事故の発生状況の認定につき、金子の供述のみによつてこれをなすことは相当でないといわなければならない。

さらに、証拠(甲一二号証、証人金子の証言、原告代表者及び被告の各供述)と弁論の全趣旨によると、本件事故の責任の所在に関する金銭的な負担の問題としては、金子は、原告から、毎月、諸手当の一つとして無事故手当金一万円を受領しているところ、本件事故について責任があるとされた場合には、同手当を得られなくなるのに対し、被告は、被告車に付保したいわゆる対物保険によつて原告車に生じた損害を填補することができるため、自らの出捐を要しない立場にあることが認められる。

(二) 以上に基づいて考えると、前記3で説示したとおり、本訴における原告の立証の程度をもつてしては、被告の前記供述内容を信用し得ないものとして排斥するには未だ至らないから、その結果として、本件交差点の信号機の表示サイクルに基づくと、原告車の対面信号が同交差点進入前から青色表示であつたとする金子の前記供述部分は直ちにそのままでは採用し難いといわざるを得ないことに帰着する。

6  それゆえ、以上の全認定説示を総合して考えると、被告は、東側交差点を青色表示で通過した後、本件交差点の東方でいつたん対面信号が青色表示であることを確認したものの、その後はこれを確認することなく、少なくとも黄色表示くらいで同交差点内を無事通過できるものと軽信し、そのまま時速約五〇キロメートルの速度で進行を続けたものと認めるのが相当である。

もつとも、被告の右信号表示確認地点については、被告は本件交差点東側手前約五〇メートルの地点と述べているが、証拠(乙一号証、被告の供述)によると、同距離の計測等は被告と被告側保険会社の関係者のみによつて行われたことが明らかであるから、その正確性には疑問を差し挟まざるを得ないし、「普段であれば黄色で突き切ることができた。」とする被告の前記供述をも考え併せると、右信号表示確認地点は被告の供述にかかる地点よりもさらに東方の地点であり、したがつて、被告車の本件交差点進入直前の時点では対面信号がさらに黄色から赤色表示に変わるところであつたということが考えられるのである。

一方、金子については、右各事実と前記信号機の表示サイクルに基づく限り、同交差点内に進入する際、対面信号が赤色表示から青色表示に変わるのを見込んで進入しようとしたものと推認するほかなく、以上によると、両車衝突時には、右信号機の表示はほぼいわゆる「全赤」の状態にあつたと推認するほかないというべきである。

そして、他に以上の認定判断を左右するに足りるだけの証拠はない。

7  そうすると、被告には、被告車を運転して、本件交差点内に進入するに当たり、対面信号の表示の確認を怠つたため、信号機の表示に従わずに進入した過失によつて、本件事故を惹起したものといわなければならず、被告の過失内容に関する原告の主張は右の限度で理由がある。

よつて、被告は、原告が本件事故によつて被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

二  過失相殺

前記一で認定説示した事実関係によると、金子にも、本件交差点内に進入するに当たり、信号機の表示に従わずに進入した過失があるといわざるを得ず、同人の右過失が本件事故の発生に寄与したことは明らかである。

そして、前記認定説示にかかる本件事故の態様と道路状況、信号機の表示状況、原告車及び被告車の各進行速度と金子の同交差点内進入前の減速状況等を総合して考えると、本件事故の過失割合は、金子につき四割、被告につき六割と認めるの相当である。

三  損害額の算定

1  修理費(争いがない) 金五三万〇四六〇円

2  休車損害 金三七万四〇〇〇円

(一) 原告は、原告車の修理に要した平成三年六月一二日から同年七月一日までの二〇日間について、一日当たり金二万八〇五〇円の割合によつて、合計金五六万一〇〇〇円の休車損害を被つた旨主張する。

(二) そこで、検討するに、証拠(甲七、八号証、検甲一ないし八号証、原告代表者の供述)と弁論の全趣旨によると、原告車(いすずエルフ、二トン車)は、本件事故によつて生じた破損箇所の修理のため、同車を訴外兵庫いすゞモーター株式会社新明石営業所に預けたため、原告主張の期間にわたつて同車を使用できなかつたことが認められる。

また、証拠(甲九、一一、一三号証、原告代表者の供述)と弁論の全趣旨によると、原告は、本件事故当時、原告車を原告方の乗務員とともに荷主(訴外白栄運輸株式会社)の常庸車として使用していたところ、本件事故の結果、同車を右常庸車として使用することができなくなつたこと、原告は、右当時、原告車を含め合計三二台のトラツクを保有していたが、手空き車両はなく、右顧客の常庸車に充てるため、他の二トン車一台をやりくりしなければならなくなつた結果、他の車両の配車等に支障が生じたこと、そして、近畿トラツク協会では、原告車のような二トン車一台の一日当たりの標準的な時間制運賃は、割増時間分を含めて金二万八〇五〇円とされていることが認められる。

もつとも、休車損害額の算定においては、一般に、事故車両の一日当たりの純利益をもつてこれを算定すべきであるから、原告車に関しても、右運賃収入からガソリン、オイル代等の必要経費を控除すべきところ、右経費額についてはこれを明らかにするだけの証拠が存在しないけれども(なお、甲一一号証によると、荷主負担とされるのは有料道路やフエリー利用料等の実費だけに限られている。)、経験則上、少なくとも運賃収入の三分の一程度の金額が右経費として要すると考えられるから、原告車の一日当たりの純利益としては、右経費分を控除する結果、金一万八七〇〇円と認めるのが相当である。

(三) 以上に基づいて原告車の休車損害額を算定すると、次の算式のとおり、金三七万四〇〇〇円となる。

一万八七〇〇(円)×二〇=三七万四〇〇〇(円)

3  以上の損害額を合計すると、金九〇万四四六〇円となるところ、前記二の過失相殺割合に従つて、右損害額からその四割を控除すると、結局、金五四万二六七六円となる。

4  弁護士費用(請求額金一〇万円) 金七万円

本件事案の内容、訴訟の審理経過及び右認容額からすると、本件事故と相当因果関係があると認めるべき弁護士費用の額は、金七万円が相当である。

四  よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 安浪亮介)

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